中川政七商店の講演聞いて来ました

六本木のアカデミーヒルズで開催された、中川政七商店の13代代表取締役の中川政七氏の講演を聞いてきました。地方創生、ブランド力等、興味のあることばかりだったので、ブログにまとめます(ノートの書いたものをそのまま記載するだけなのでご容赦を)。

www.yu-nakagawa.co.jp

<ポイント>
  • 「物売り」ではなく、「ブランド作り」
  • 自社が繁栄するためにも、同業界の繁栄は必須。
  • 既存概念に付加価値をつけることで消費者の中でブランドを確立する。
  • ビジョンの重要性
以下、講演内容
中川政七商店は元々麻織りの会社で創業が1716年で創業300年
を超える。現中川政七氏は2002年に富士通退職後、実家である中川政七商店に入社。
 
当時は、工芸業にありがちな、管理体制が全く整っていない、ずさんな経営状態。生産在庫等の業務管理からスタート。赤字を減らし、なんとか経営ができる状態になってからは、「物売り」から「ブランド作り」にシフトを始める。「なんだかわからないけど良さそうなものだから買う」ではなく、「中川政七商店のものだから買う」というブランドとしての認知を広げようとする。
 
デザイナーでもない中川氏は、「ブランド力を上げるには直営店しかない」と2003年に表参道ヒルズに10店舗目を出店するまで、始めは儲からないが店舗が赤字な状態でも経営を続け、店舗数が増えることによる、スケールメリットを利用して黒字転換、ブランドの確立を果たす。
 
経営が安定して来た段階で、ビジョンを掲げる。ビジョンは、自らの事業と直接的に繋がるものではないといけない。3年ほどかけて「日本の工芸を元気にする!」というビジョンを掲げる。自ら掲げたビジョンに従うことで、自社の小売業を大きくするだけでなく同業界(工芸)のコンサルティングを始める。
 
コンサル業を始めることを認知してもらうために、表参道ヒルズ出店までに軌跡をまとめた本を出版し、書籍の中でコンサル業を始めることを記載。波佐見焼で有名な波佐見町からコンサルのオファーを受ける。
 
中川氏のコンサルのやり方は、決算書を良くすること。メディアでよく取り上げられる、そこそこ有名になり東京出店が決まった、だけのような状態では満足しない。決算書を良くすることで事業の継続可能性を示すことで後継者問題、地域活性化までを求める。赤字企業の原因は、まともな経営が出来ていないから。内部の経営管理はできるのでまずはそこから。売れるかどうかは相手がいる話なのでわからない。
 
2013年には東京KITTEに中川政七商店を出店。中川氏が2002年に入社してから、売上は4億円→47億円、店舗数は3店舗→49店舗に成長。
 
事業の方針は、「産地の一番星を作る」。組合からのオファーは受けない。一社にコンサルを行い。現地の一番の会社にするこで競争を起こし、結果として平均値が上がる。
 
しかし、産地の衰退スピードが非常に早い。工芸は、幾重の工程からなるサプライチェーンによって成り立っているため、生産の垂直統合が必要。そのためには、大きな投資が必要だがすぐには儲からないため、プラスアルファの付加価値として、「産業観光」を企画。生産工場を観光名所とすることで、工場建設以上の付加価値をつける。消費者には、製造現場を見てもらい、現地のストーリーを見てもらうことでブランドとしての認知を上げる。例:燕三条の包丁業界。「工芸+旅」。
 
工芸が一番評価されないのは、なぜか地元。その工芸があることが当たり前化しているため。そのために、「大日本市博覧会」を全国の産地で開催。今年は、10月12日〜15日に福井県鯖江市で開催される。
ビジョンの重要性。よく社内で、大坂城の石垣の話をする。「石を積んでいる」と答える班と、「日本一の城を作っている」と答える班では仕上がりの出来、スピードが全く違う。
 
中川氏曰く「伝統」は侮蔑言葉。衰退しているから「伝統」と言われる。普通にしていれば伝統と言われない。自動車産業は日本を代表する産業として長い間続いているが伝統とは言われない。
 
以上